「物語の読解、演出の解体、世界観の抽象化」
「結城友奈は勇者である 3期」─勇者の痛みと涙が意味すること─ 感想と考察 1~8話
第1話「青春の喜び」
勇者たちの戦いは終わりを告げて、勇者部はその反動のように失っていた青春を取り戻す日々を送っていた。バンドやキャンプにサバゲーと、フツーの女子中学生の日常は笑顔の絶えない柔らかな時の流れの中にあった。それに、今やバーテックスとの戦いで失った友のことも良くも悪くも癒えない古傷として思い出されるものだった。
というはずだった……。再び現れた大赦の神官は束の間の平和の終わりを知らせるもので、サッーと血の気の引くような絶望感を感じさせられた。
第2話「あなたに私のすべてを捧げます」
今回、前線に赴くのは勇者ではなく防人。2年前の勇者選抜試験で夏凛に及ばなかった勇者候補たちが、バーテックスのいなくなった外界を復興するための人員として選ばれた。
しかし、結局は勇者になれなかった者たちの性なのか、取るに足らないはずの「星屑」と呼ばれるバーテックスの素にさえ、恐怖に腰を抜かすばかり。そんな防人のリーダーとなった芽吹だけど、「車輪の下敷きにならないように」という父の言葉を背負い、ひたすらストイックに大赦のお役目に尽くす彼女には、どこか張り詰めすぎた脆さも感じるようだった。
第3話「小さな幸せ」
お役目の真実と恐怖に一人また一人と去っていく防人の少女たちだけど、大赦からはまるで使い捨てを見越していたかのように次々と人員が補充されていく。そこに、浮かび上がるのは楠芽吹の違和感。
ただでさえ、誠実でストイックな彼女の行き着く先は、そんな大赦の不倫理を許さないということ。防人たちも勇者のように使い捨てではないと認めさせることだった。
しかし、そんな芽吹の意気込みをいなすかのようにして、大赦は国土亜耶が生贄として必要だと召し上げて、今まで外界に植えてきた神樹さまの苗も回収しなければならないと告げる。
そんな今までの努力と犠牲が全て無に帰るかのような現実は不条理ではあるが、良くも悪くもと常に目の前のことに全力な楠芽吹と符号するかのような運命にも見えていた。
第4話「神託」
外海へと奈恵を間引きに向かう中でバーテックスに襲撃された防人たち。芽吹が単騎でそれを引き受けようとすると、みんなが「一人で背負わなくてもいい!」と力を貸してくれた場面は、楠芽吹の弱さを浮かび上がらせていたように思う。
なまじ力が備わっている上に正義感も強い。だから、芽吹は一人で全部救える、一人で全部救わなきゃと思ってしまうのだと思う。もちろんそれは強さでもあるのだけれども、そういう隙のなさはある時一気に砕け散ってしまう弱さのようにも感じられた。
第5話 「光輝を放つ」
そして、今度はさらに過去の話。300年前の最初の勇者の一人・乃木若葉の残した勇者御記という記録に秘められた回想。
それは、かつてこの世界には西暦という時代があったということ。さらに、そんな中に突如バーテックスが現れて、人類は四国に逃げ込むことになったということが記されていた。
そこに思うのは、大赦は外の世界という物理的な秘密だけではなく、時代という人類の記憶や魂といったものまで覆い隠していたということへの不信感だった。
そして、そんな大赦は「勇者」たちに命を賭してバーテックスから街を守らせる。さらに、その果てに、乃木若葉を「復讐のため」と仲間の死に涙も流さないような人間にしてしまったことは、人類に対する神の罪のようにしか思うことができなかった。
第6話「私の不安をやわらげて」
乃木若葉と対比される郡千景という勇者は、ただただフツーの女の子なんだと思う。
完全無欠の勇者である若葉は、ただ人類の復讐のためという教科書通りの使命を胸に、時に仲間の犠牲さえ戦いには付き物として毅然に乗り越えることができる。
だけど、千景にはそんなことできない。市民の勇者の犠牲に対する心無い反応にいちいち怒りと憎しみを募らせてしまうし、何よりも世間から勇者である自分たちが英雄として認められないことに苛立ちを抱えていた。勇者になってまでなんて小さな人間だと思えるかもしれないけれど、でもそれは人ならばフツーに抱える感情なのだと思う。
それに、千景には故郷の村で疎外され、迫害された過去があった。これがますます千景の世間への怒りを加速させて、あろうことか市民を攻撃してしまう。すると、今度は彼女の認められない心が余計に深くなり、千景を罪悪感と自己嫌悪が蝕む。
そうやって、徐々に千景の居場所は消えていく。そして、フツーの少女である千景の「本当に大切な人、私を愛してくれる人とずっと一緒にいたい」という素朴な願いすら脅かされてしまっていた。
だから、ただでさえ人類の敵・バーテックスがどうとかに信念を持たない千景にとっての本当の敵は、乃木若葉なんだと思う。世間から英雄として認められ、千景にとっての大切な存在である高嶋友奈の傍にいるという若葉は、何よりも千景の居場所をこの世界から奪うもの。千景にとって、彼女以上の敵などこの世にはないのかもしれないようにさえ思えてしまっていた。
第7話「君を忘れない」
使命のために正義を体現する乃木若葉のようにはなれないし、だから人々から持て囃される英雄にもなれない。それが郡千景。
彼女は勇者である前に、ただのフツーの女の子でしかない。だからこそ、勇者・乃木若葉のことが憧れであり、輝いて見えて仕方ない上、それと同時に憎くて堪らないのだと思う。
だけど、そんな千景は神樹さまから勇者の称号を剥奪されてしまい、最後には若葉を庇ってバーテックスに殺されてしまう…。そんな所詮はちっぽけな人間としてあっさり散ってしまった千景の姿は、彼女をあれだけ悩ませた「勇者」という称号は代償としての何のメリットもくれない、ただ辛いだけのものということを痛感させるもので、ひたすらにやるせなかった。
あれだけ人々が「勇者、勇者」と祭り上げたことで千景を苦しめたのなら、神様もそれ相応の力を彼女に与えてくれてもいいじゃないかと思わずにはいられない。結局は「勇者」というのもただの人間なんだ、市民をコントロールするための虚像なんだと思い至るようだった。
さらに、そんな千景亡き後、彼女が生きていた足跡を辿った若葉たちの目に入ってきたのは、生前の彼女が抱えていた孤独とやっぱり勇者の場が彼女にとって唯一の居場所だったんだという事実。
そんなことを踏まえての「みんな苦しんでる、私たちはまだ中学生なのにどうにもできないことばかり」という上里ひなたの言葉や、「私たちも一人の人間であり、辛さの中で戦っているということを分かってほしい。郡千景も勇者だった」という乃木若葉の会見は、まさに勇者の人間宣言として聴こえていた。そして、少女たちは人間のための人間の勇者なんだとつくづく、今更にして気付かされた。
第8話「不変の誓い」
西暦2019年7月、現れたのは6体のバーテックス。そして、迎え討つ乃木若葉と高嶋友奈の二人の勇者は、始めから出し惜しみしない全力で挑む。
圧倒的な数的不利は状況は、まるで神の前にちっぽけな人間の「生きたい」という願いなど存在しないも同然ということを示したいのだろうか、勇者たちの「切り札」もなかなか通用しない。
だけど、「勇者なんてただ辛いだけ…。だけど、そんな諦めそうな自分にこそ負けられない!」「人間だから弱さや悪に堕ちやすいけど、でも人間だから戦うんだ!」という友奈のように、人間には人間だからこその単純なロジックではない強さがある。そんな人間の複雑さは、ともすれば郡千景のように破滅を加速させてしまうこともあるけれど、そんな人間だから時に神の摂理さえ超越した力さえも発揮できるのだと思う。
そうして、友奈はバーテックスを打ち倒せた。勝利して、人類を救うことができた。だけど…、それが高嶋友奈の最期だった。普通なら死んでいるはずのボロボロの身体でも彼女が戦うことができたのは、きっと摂理を超越した人間の底力があったから。友奈の前に守るべきもの、倒すべき敵がいたからなんだと思う。だから、それを果たした今、緊張が緩んだように友奈は事切れてしまったように感じた。
それでも、まだ残るバーテックス。残された乃木若葉一人で方を付けなければいけない。とはいえ、もう仲間は一人も生き残っていない絶望の最中。それでも若葉には「みんなの魂を生かすため、みんなのことを覚えているために」という自分だけは最後まで戦って生きなければならないという使命があり、だからこの戦いを初代勇者最後の戦いとして勝利することができたのだと思う。
そんな若葉の最後の勝利も結局、人間の論理のない強さだった。特に初代勇者というのは、それまでの世界では説明のつかないバーテックスの突然の侵攻に際して結成されたということもあって、市民にも彼女たち自身にとっても「神なる戦士」というイメージが強かったように見えていた。そして、それが実際は「ただの人間の少女」である勇者たちにとって非人間的なプレッシャーとなっていて、それをきっかけに散ってしまった郡千景のような勇者もいた。
だけど、そんな重圧という逆境の中でも、なんとか初代勇者の代として世界を守りきれた。とはいえ、それも結局は神の力だけではなく、むしろ「人間の思いの力」によるものという印象が深く残った。神の無力さと不条理さ、そして人間の強さなんだと思う。
後半9~12話の感想・考察も。
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