「物語の読解、演出の解体、世界観の抽象化」
「ウマ娘 ROAD TO THE TOP」─その3人は、何のために走るのか─ 感想と考察
第1話「夢のはじまり」
皐月賞を目指すウマ娘たち。暗雲たちこめる雨の中山は、ナリタトップロードとアドマイヤベガの二人の決戦の様相を呈したレース。
そんな中で、ナリタトップロードがブロックされる展開も交わし、4コーナーで一気に突き抜けた瞬間は、持ち前のひたむきさでこの皐月賞のために練習に練習を重ねた日々の苦しさと達成感を一挙に感じるようで、思わず胸がアツくなってしまった。
と思いきや、大外からテイエムオペラオーが二人の勝負に割り込んできて。そして、全て掻っ攫って一着でフィニッシュしてしまうという結末はあっけなさに包まれていた。そして、この結果はきっとナリタトップロードにとっては、「これだけやっても、まだ届かない……」「しかも一番のライバルのアドマイヤベガではなく、ぽっと出のテイエムオペラオーに……」というようなもので、それは自分の自慢である努力に無力感すら覚えているようにも見えていた。
それでも、なおみんなの声援が聞こえる現実に「今度はダービー…!!」と前を向き直す姿には、めげないひたむきなナリタトップロードの力強さを感じた。
第2話「栄光の舞台」
栄光の日本ダービーに臨むウマ娘たち。結果は、テイエムオペラオーを突き放したナリタトップロードと競り合ったアドマイヤベガが一着を勝ち取った。
そんな優勝を勝ち取ったアドマイヤベガは、レース前、皐月賞で無惨にも力を発揮できなかった自分自身を「情けない」と強く悔いていた。そんなアドマイヤベガのレースの原動力は、自分の代わりに生まれてこれなかった妹の分も走って勝って、その自分の中にいる妹を笑顔にさせるという誓い。
そんな内なる妹への思いというのは、誰かのためという理由と自分自身のための理由が高度に絡み合っているようで、だからアドマイヤベガのダービーに懸ける思いこそが一番だったように思えた。
そして、二着だったナリタトップロードにとって、今度こそはと臨んだのがこのダービーだった。そして、ナリタトップロードは力を出し切った完璧なレースを走りきれた……が、
それでも……また勝てなかったというのは、皐月賞で惜敗するも一番人気に推してくれた観客と、「練習量は裏切らない」と力付けてくれたトレーナーの期待を、何よりも裏切ってしまったように見えていた。だから、同じく惜敗だった皐月賞とは違って、今度のナリタトップロードは人目をはばからず声を上げて涙を流したのだと思う。
第3話「走る理由」
ダービーで敗れたナリタトップロードに見えていたのは、ただたださらなる努力だけだった。それは、自分の道をまっすぐに見つめているようで、実はどこか深く迷っているように見えていた。だから、「もう大丈夫です」と言いながら、到底大丈夫そうには見えない表情を浮かべるナリタトップロードに、どこか体も心も追いついていないような印象を覚えたのだと思う。
だけど、そんな時だからこそ、トレーナーが原点を思い出させてくれた。それは、ナリタトップロード自身はみんなの応援という期待を裏切ってしまうことを怖れていたけれど、みんなが応援しているのは勝利を目指して努力し続けるナリタトップロードの姿なんだということ。そんなトレーナーのアドバイスは、無理に追い込む必要もなく、ただナリタトップロード自身のペースでやれば良いんだということのように聞こえるものだった。だから、ナリタトップロードの走りにも、次第に笑顔が戻ってきたのだと思う。
一方で、ダービーに勝ったアドマイヤベガも、自分の走りの原点である妹の存在をレース中に忘れてしまった自分に自罰的な目を向けていた。そんな彼女もナリタトップロードと同じように、自分の走りを見つめているようで、実際のところでは自分本来の走りを見失っているように見えていた。
アドマイヤベガは何よりストイックだからこそ、過労で痛む脚を妹から不甲斐ない自分への罰と捉えてしまい、半ば自暴自棄のように限界を切り詰めた走りをしていたのだと思う。だから、ダービーに続くアドマイヤベガの勝利は、純粋に祝福できるものばかりではなくて、そういった脆い強さといった複雑な感情を残すものだった。
第4話「想いはひとつ」
クラシック最後の一冠、それが菊花賞。
ナリタトップロードがアドマイヤベガに勝つためには、今までとは違う走りでないと勝ち筋は薄いというのがトレーナーからも諭された道理だった。だけど、ナリタトップロードはそれを否定する。それは、きっとみんなの応援のもとに練習を積み重ねてきた自分は裏切らないんだということを証明したいからという思いがあって、だからこその「みんなが信じてくれた私の走りを、私が信じたい」という言葉なのだと思う。
アドマイヤベガが走る理由は、自分に走ることを託した妹のため。それをアドマイヤベガは、彼女の命を取ってしまった償いという後ろ暗いものとして捉えていた。だから、アドマイヤベガにとって、どこまでも真っ直ぐなナリタトップロードが眩しくて仕方ないように見えていた。
だけど、そんなナリタトップロードがアドマイヤベガの走りを目標であり、ライバルと言ってくれたことが何かを変えたように感じた。ずっと暗闇の中を走っていたアドマイヤベガに、光を分けてくれたような感覚。それは、アドマイヤベガの走りを肯定してくれるようなものだったのだと思う。
そして、アドマイヤベガにとって、それこそが自分がただ純粋に走ることを楽しむことを許してあげられるきっかけとなり、亡き妹の「お姉ちゃんに楽しんで走って欲しい」という本当の願いに彼女がようやく気付くきっかけにもなったのだと思う。
常いかなる時も自分自身に誇りを持ちながら、二人を導くライバルでもあったテイエムオペラオーも含めて、そんな三人が集ったレース。そうやって自分自身を信じ、ただ純粋に勝利を目指して走りたいという想いが一つになったレースが、この菊花賞という舞台だったように思う。
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