「物語の読解、演出の解体、世界観の抽象化」
「パーフェクトブルー」─未麻の正体とは、失われたアイデンティティ─ 感想と考察
自分が何なのかというお話
結論から言うと、この『パーフェクトブルー』という作品は、アイドルから女優へと転身した未麻のアイデンティティを描いた物語だったように私は思う。
私はどんな私?どんな姿の私?
物語は前述のように、アイドル・みまりんが女優へとキャリアを乗り換えるところから始まる。しかし、それをファンのみんなに告げるステージで、場を乱す乱闘騒ぎが起き、それをとあるファンが止めた。そのファンの彼は、暴徒からアイドル・みまりんを救ったヒーローだという誇りやアイデンティティを得た。それもまた、この物語の裏のきっかけとして描写されていたように思う。
そして、話題の焦点を再び未麻に当て直す。彼女は新しく女優としての仕事を頑張るものの、どこかでアイドルのキャリアを離れたことへの気持ちの引っ掛かりがあるように映し出されていた。それは、アイドルを夢見た初心のせいか、それともアイドル・みまりんを求めるファンの声のせいか…。
しかし、いずれにせよ、女優であることにどこか疑問を感じ始めていた未麻の心は、レイプシーンの撮影で決定的な不和を起こしてしまったように見えた。レイプシーンなんてものはアイドル・みまりんの死の象徴であり、彼女自身も単純に受け入れがたいという本心もある。しかし、一方では、女優として演じなきゃという思いもあり、周りの人を心配させないためにも「何ともない」と言いたげなケロっとした表情を作らざるを得ない。そんなちぐはぐに相反した感情の狭間で、未麻の心は押し潰されて、ぐちゃっと二つに分裂してしまったように見えていた。
認めたくない自分像
その頃から未麻の前に、もう一人の未麻が現れるようになった。アイドル・みまりんの姿をしたそれは、亡霊のようにふわふわと未麻の前に現れて、現在の女優になった未麻のことを「穢れてしまった」と言い指す。そして、現在の未麻にとって、その「穢れてしまった」ということは、まさに心の奥で自覚しながらも、気付かないフリをして押し潰した感情だった。
だから、それをわざわざ指摘されることは、未麻にとって、女優になったことへの後悔や自責の念を搔き立てるものだったのだ。そして、何よりも幻影の未麻というもう一人の自分に、女優としての自分に対するヘイトを煽られたことは、未麻の心を余計に分裂せと加速させていくようだった。
しかし、現実は現実であり、バカみたいな幻影にいつまでも振り回されているわけにもいかない。だから、そんな女優業に対する戸惑いを感じる程に、未麻はそんな戸惑いを忘れようとして女優業へ専念し、ヌード撮影の仕事さえも受けてしまう。どこで歯車が狂ってしまったのか。もう未麻は本心で自分が女優をやりたくないと思う程に、女優業に打ち込んでいくスパイラルに陥っていたように見えていた。
理想という倒錯
そして、そんな風に未麻が葛藤する裏で、最初に未麻のステージを救ったとあるファンが動いていた。
彼はアイドルとしての未麻に異様に執着し、女優としての未麻を疎んでいた。それ故に、彼は未麻の女優現場で爆弾事件や殺人事件を起こして、未麻に女優を辞めさせようとしていく。しかし、それならまだ可愛いもので、彼は「未麻の部屋」というWebサイトにストーキングした未麻の行動を書き連ねていく。これこそが問題で、彼は次第に自分の理想の未麻の行動を織り交ぜていくことで、徐々に「現実の未麻」を「想像の理想の未麻」で上書きしようとしていく。
そして、その彼の行動は、幻影の未麻と共に、この世界が本当に現実なのかと未麻を倒錯させていく。その現れとして、未麻が自分の手でヌードを撮影したカメラマンを惨殺する夢を見てしまうことや、自分がドラマの役を演じているのかそれとも実際の自分なのか曖昧になってしまうことに繋がっていっていたのだと思う。
虚構が現実を追い出す
その果てに、最後、幻影の未麻が本物の未麻を殺しに来る場面は、まさしく虚構の未麻で現実の未麻を上書きしようというものだった。
もうその時点で未麻は、夢の中の夢の中の夢……を見続けている始末。それは、もはや自分が現実にいる現実の存在なのか、それとも夢という虚構の中の虚構の存在なのかも曖昧な倒錯状態に陥ってしまっているように見えていた。そして、それが意味することこそ、アイデンティティの崩壊なのだと思う。
アイデンティティ・クライシス
自分は現実なのか虚構なのかと惑わされる中で、未麻のアイデンティティは脆くさせられてしまった。この自分自身が本物の未麻なのか、それとも幻影の未麻が本物の未麻なのか。そして、自分はアイドルに戻りたいのか、女優を極めたいのか。そんな風に未麻は自分自身を見失ってしまっていたように見えていた。
そして、そんな心の迷いに、幻影の未麻が付け込んで、現実という場所から現実で本物の未麻を追い出そうとする。ファンが理想として夢想するアイドル・みまりん。その姿をした幻影が、現実の女優・未麻を消し去ろうとする。それが、未麻のアイデンティティの崩壊なのだ。
まっさらに青い空に、描く自分の姿
そんな風に自分が誰なのか、何なのかというアイデンティティを描いていたのだと思う。
それはアイドルにとってのファンのように、他人の声に流されて決めたり、他人からの評価によって定めたりするものではない。もちろん、「あんな風になりたい」「こんな風になりたい」と想像してもいいけれど、現実の現在の自分の立ち位置をよく分かった上で、目指すべき未だ虚構の自分を見据えなければならないということなのだと思う。
さもなければ、未麻のように現実と虚構の間で、自分にも他人にも翻弄されて、自分が実体のない存在になりかけてしまうのかもしれない。そんなメッセージが、この『パーフェクトブルー』なのだと私は思う。
Tags: