「物語の読解、演出の解体、世界観の抽象化」
「ワンダーエッグ・プライオリティ」とエディプスコンプレックスとフロイト哲学 考察
エディプス・コンプレックスについて
まず、エディプス期に入る前の子どもは父親よりも母親に愛着、すなわちリビドー(対象への欲動)を向ける。次に、エディプス期に入ると同性の親を敵視し、異性の親により惹かれるようになる。男児の場合は、同性の親(父親)による無意識の去勢不安に脅かされて、異性の親(母親)との近親相姦の欲求を諦める。こうして同性親との同一化に向かうことで超自我(「すべき」「すべきでない」という自制)を形成してエディプス期を脱すると、潜在期に入ってリビドーは性的対象以外のものへと向けられるようになる。
女児の場合は、女性にはペニスがない去勢された存在ということに気づくことで最初の愛情の対象である母と同じ同性親から離れて、ペニスを持つ父親と同じ異性を性的な愛情対象として見なすという。こうして女児のエディプス・コンプレックスが始まる。そのため、フロイトは女性の方が同一化に関しては難しいとしている。また、フロイトは男性と女性が同じような超自我を形成できないとしている。一方で、フロイトは自身が男性であることから女性の精神分析について完全には行えないともしている。
エディプス・コンプレックスを構成するのは同一化であり、エディプス状況下で同性親との同一化に失敗すると異性の愛情対象との間で問題が生じたり、病的な結果をもたらしたりするという。
前述のようにフロイトは男性と女性は対象ではないため、男児のエディプス・コンプレックスをそのまま女児のエディプス・コンプレックスへと置き換えることはできないとした。しかし、ユングはエディプス・コンプレックスについてそのまま男女を置き換えたものを「エレクトラ・コンプレックス」と呼んだ。
『ワンエグ』のあらすじ
いじめから不登校、引きこもりだった主人公の大戸アイはある夜に「エッグの世界」に迷い込む。そこは死の誘惑に惑わされて自殺したことを後悔してるかもしれない子を生き返らせる場所であり、そこで彼女らを襲い来る怪物から何人も守れば自分の自殺した友人も生き返らせることができるという。アイは親友・長瀬小糸の自殺の理由を知るために彼女を生き返らせようと戦いながらも、エッグの世界で出会った少女と友達になっていく。
その裏でアイは、小糸が思いを寄せていた相手であり、度々家庭訪問に訪れる担任の沢木先生が母と付き合うと知らされる。沢木先生に不信感を抱くと同時に好意を自覚するアイだが、やがて母の幸せのために沢木先生を諦め、また小糸の自殺に関する疑いも真実を聞かされて晴れることとなった。
『ワンエグ』のキャラクターに描写されるエディプス・コンプレックス
第6回では、沢木先生が家に訪れ、母から「ママたちお付き合いしようかと思うんだけど。」という告白を受ける。アイは友人たちに、小糸の自殺に沢木先生が関わっているかもしれないから母と沢木先生が付き合うということを受け入れられないことを相談するが、友人からは「本当はアイも先生のことが好きじゃないの?」と図星を突かれる。その場ではアイはそれを否定したが、その後のアイは突然に沢木先生の許を訪れ、嬉々とした表情で「私、学校行きます!」と告げる。また、第7回の母を嫌悪する友人との会話の中で、アイは「私もママのこと今は嫌い。」とも言う。これらは女児が同性親から異性親へと愛着の対象を向けるという女児のエディプス・コンプレックスの開始と重なる。
第10回で絵描きを目指している沢木先生から個展へ来るよう誘われたアイは、母と同じように後ろ髪を結んで母のものと思われるハイヒールを履き、大人びたような恰好をして出かける。個展でアイは、沢木先生に大人になった自身の姿を描いた絵を見せられ、「いつか君はお母さんのように素敵な大人の女性になる。優しく強く、美しく。」と言われる。「ママのこと愛してるんですね。」という問いかけに「うん、心から。」と返されたアイは失恋を自覚したように涙を流すが、続けて沢木先生から「そのママの娘だから、君は自信を持っていいんだ。」と言われる。これは異性親(父親)に向いているアイのリビドーが同性親(母親)に向け直されて、さらに同一化を促されていると捉えられる。
そして、第12回のエッグの世界でアイは、自身の疑念をもとに怪物となって現れた沢木先生と戦う。怪物の沢木先生は「男に目が眩んで自分の欲望を優先しようとしたんだ。ショックで認めたくないだろうが、ママだって他人だよ。」と言うが、アイは「ママは、私が学校に行かなくなった時、一度も攻めたりしなかった。私に見えないとこで気づかれないようにいつも心配してくれてた。どんな私だって応援するって言ってくれた。私もママを応援したい。じゃなきゃママがかわいそう。」と言う。ここには同性親(母親)への同一化を促されたアイが、実際に異性親(父親)への愛着を諦め、また同性親(母親)への同一化を始めたと捉えられる。
以上の第10回、第12回のシーンは、男児のエディプス・コンプレックスの異性親との近親相姦の欲動を同性親の去勢脅迫により抑圧されるという点と重なる。また、去勢不安を経て同性親への同一化を目指すようになるという点とも重なる。これは親子とも男女がそのまま逆転している点でフロイトの唱える理論とは矛盾するが、ユングの唱えるエレクトラ・コンプレックスとは一致していると言える。また、「ママは仕事も家のことも完璧にこなせる人。でも、それでたぶんパパは出て行っちゃったんだと思う。」という第5回のアイの台詞から伺えるように、離婚により唯一の親であった母はアイにとっては父親的にも感じていたことを考慮すると、女児が父親に惹かれてしまうことと母親に同化しなければいけないことを両立しながらエディプス・コンプレックスの克服を達成できているように見える。また、こうしてフロイトによれば女性には難しいという女児の同性親への同一化をアイは達成できていると言える。
さらに、アイの友人である川井リカというキャラクターの描写のされ方にもエディプス・コンプレックスを認められる。彼女もアイと同様に母子家庭であり、父親が誰であるかを男遊びの荒い母親も分からず、一言だけ自分にかけてくれた声だけしかリカは父親について覚えていなかった。第7回の「嫌なのさぁあの女、私がパパと会って仲良くなるのが。」という台詞に現れているように、リカは同性親を嫌い、異性親を求めていて、女児のエディプス・コンプレックスと一致する。
そのリカはエッグの世界での戦いで劣勢を強いられるが、直前に授けられ擦り込みにより自分を母親と認識させたマンネンという名のカメのモンスターにより助けられる。そして帰宅後、「どうせリカも私を捨てるんでしょ。」と言う母にリカが「うん、でも今じゃない。」と答えるところで第7回は終わる。ここからは、母親である自分を守ろうとしたマンネンを見たことでリカは同性親(母親)への同一化のきっかけを掴んだことで、男に捨てられても自分は捨てなかった母親のように、リカ自身も母を守るという形で同一化を果たし、エディプス・コンプレックスを克服できたと捉えられる。
以上のように、
『ワンダーエッグ・プライオリティ』というアニメは、エディプス・コンプレックスを経て複雑な親子関係や家庭環境を克服することで、精神的に成長していく少女たちを描いていると言える。実はまだエディプス・コンプレックス的に描写されたキャラクターは登場したが、エディプス・コンプレックスと同じようにフロイトが提唱した「死の欲動」(作中では「死の誘惑」と呼ばれる。)という概念と大きく関わっているエピソードであったため、今回は割愛した。
ところで、『ワンダーエッグ・プライオリティ』のジャンル付けについて「Psychological Fantasy」、あるいは略してサイコファンタジーと分類してみたいと思ったり。
参考文献
TVアニメ「ワンダーエッグ・プライオリティ」公式サイト
訳者 懸田克躬・高橋義考 他,「フロイト著作集 第5巻」,人文書院, 1996年5月30日
妙木浩之,「エディプス・コンプレックス論争」,講談社, 2002年3月10日
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