「物語の読解、演出の解体、世界観の抽象化」
「駒田蒸留所へようこそ」─琉生さんからの2つのメッセージ─ 感想と考察
今を寝かせて、過去を未来へと届ける
この蒸留所を描いた物語の中において、ウイスキー作りが示すメッセージというのは、「過去から未来へと、思いを繋いでいくこと」なんだと思う。
それは、冒頭でニュースバリューの光太郎に向けて、琉生が「少なくとも3年寝かさなければいけないんです。だから、今作っているのは未来のためでもあるんです」と説明していたこともそれを暗示させていた。それに、何よりもこの物語の軸となっていく、震災を乗り越えて10年ぶりに「独楽」のウイスキーを復活させようという取り組みはそのメッセージそのものとなっていた。
夢への羨望と、ままならない現実
そんなこんなで、ニュースバリューの高橋光太郎は、ウイスキーの記事連載のために駒田蒸留所の社長・駒田琉生と共に各地の蒸留所を回ることになっていった。とはいえ、根っからのウイスキー好きのような琉生と、ネットニュースの記者すらなんとなくやっている光太郎ではその取材姿勢も明らかに違っていた。
だから、どこか仕事がうわの空で打ち込む情熱も持てない光太郎にとって、好きを仕事にしているような琉生は羨ましかった。そして、そんな光太郎は毎日過ごす退屈の隙間をやりがいと楽しさで埋めたがっていて、だけどそのやり方が分からずにいたように見えていた。
だけど、そんな勝手な羨望は琉生を怒らせてしまった。そして、蒸留所の古株・東海林さんの口から明かされるのは、琉生の最初の夢は蒸留所やウイスキーなんかではなく、美術や絵を描くことだったということ。そして、震災のせいでウイスキーを諦めなければいけなくなり、同時に駒田家から琉生の兄と父が去って、バラバラになってしまった10年前の駒田蒸留所のことだった。
そして、そんな中で何もわからずに、でも色々なモノを失った駒田からせめてウイスキーだけは失わせたくないと立ち上がったのが琉生でもあったという。家族が残した駒田の原酒を残したいという琉生が選んだ道は、美大を辞めてのことでもあり、決して初めから望んだものではなかった。
でも、そんな過去を語る東海林さんの目には、その行く末にたどり着いた琉生の姿は楽しそうにも見えていた。それ故に、単純には語ることのできない、複雑な夢や思いが琉生のウイスキーには詰まっているのだと思わされられるものだった。
そして、そんな琉生の過去と今を聞かされた光太郎にとって、特に過去の琉生の姿はどこか自分とも重なるもののように感じていたのだと思う。やりたいことを上手く見つけられないし、今やっていることも自分が本当にやりたいことなのか分からない。だけど、その道を進まなくちゃいけない。
それはどこか今の光太郎と重なるものであり、そしてきっと未来の光太郎の姿も今の生き生きと仕事に熱中しているかのような琉生に重なっていくことになるように予見させるものだった。だから、ここに光太郎も自分のニュースバリューの仕事、ウイスキーの蒸留所の取材に対する心境の変化も現れたのだと思う。
今必死にやっている仕事がだんだんと情熱に変わっていく。目の前のことに真摯に向き合うことが、そんな巡り合いをもたらしてくれると示していた。
失われた思い
そんな経過を経て、光太郎の取材姿は琉生たちの目にも明らかなくらいに以前とは見違えたものになっていて、やる気と楽しさに溢れたものになっていた。
そして、それと呼応するようにして、琉生たちの「独楽」のウイスキーを復活させるという取り組みも、元の原酒を手に入れることができて、一気に視界が開け、加速していた。
…はずだった。
そんな中での突然の蒸留所の火災。設備も燃え、せっかく手に入れた「独楽」の原酒の樽も燃えて、失われてしまった。失われてしまった「家族の場所」を取り戻す取り組みは、再び振り出しに戻ってしまった。それに、何よりも原酒が失われてしまったというのは、まるでこれから未来へと…という芽生えを潰す出来事として印象付けられるもので、喪失感も大きかった。
束ねた思いが、繋ぐ未来
そんな現状を前に、琉生はある決断を下そうとしていた。それは駒田蒸留所を兄・圭もいる桜盛蒸留所に買収してもらうということ。そもそもそんなことは「家族の場所」である駒田蒸留所を守りたい琉生にとっては、全く本望ではなく、むしろこれまで避け続けていたことだった。
だけど、守らなければいけない駒田蒸留所に勤める従業員という「家族」もいる。だから、これが社長としての琉生の決断だった。
しかし、その「家族」たちの考えは、琉生とは違っていた。彼らもまた駒田蒸留所を守って、「独楽」のウイスキーを取り戻したい。まさにみんなの思いを束ねた先に、この駒田蒸留所も、「独楽」のウイスキーもあるのだと思わされる瞬間だった。
そして、光太郎の手がけるネット記事によって、全国や世界から「独楽」とブレンドさせるウイスキーの原酒も集まった。これは間違いなく、駒田蒸留所という一つの場所に束ねられた人々の思いが、さらに多くの人の思いを束ねたという象徴だった。
さらに、この「独楽」復活の復活劇は、悲運の今を諦めなかったからこそ辿りついた道でもあるように見えていた。こういう形での「独楽」の復活は、最初に琉生たちが思い描いていたものとは違かった。だけど、彼らが目の前のことに対して真摯に向き合い続けてきたからこそ得られた成果というのは確かなことだった。
人と思いを回す独楽《コマ》
とはいえ、「独楽」復活は前途多難。あと一つのピースが遠かった。
そんな時に、光太郎が琉生の兄・圭から父の「独楽」に関する記録を預かった。そんな蒸留所買収という形での駒田を救う道が誤りと気が付いた末の、圭の行動もまた、目の前のことに真っ直ぐ向き合い続けた先に辿り着いた道に思えるものだった。
そして、父の記録に記されていたのは、あまり売れずにいた駒田の焼酎「糸」の樽を用いた製法が「独楽」復活の最後のカギだということ。さらに、その父の筆跡を読み取ることができたのは、蒸留所の仕事からは少し蚊帳の外にいた琉生の母の日々の経理の仕事のおかげだったということは、よりいっそう「独楽」に関わるたくさんの人が一つに寄り合うことを強く象徴するシーンであったし、「独楽」に込められた「家族の場所」という思いを痛感させられるものだった。
そうやって遂に完成したウイスキー「独楽《コマ》」。それはまさに、これを中心にたくさんの人を思いを回し続けてきたアイコンであり、それを繋ぐ関わり合いの糸によって初めて完成形を取ることができるものだった。
さらに、独楽が回り続けることで安定した形を取るというのも、最初は目の前の仕事が軌道に乗るものか分からないものだけど、いざ回してみれば案外と形になるもので、次第に自分の情熱も勢い付いてくるということを表しているようにも感じることができた。
ひたむきな今が、次の未来に芽生える
そして、そんな一連の「独楽」復活劇を追いかけてきた光太郎自身もその中で、最初はうわの空であったニュースバリューの記者の仕事が、いつの間にか彼の人生にとってかけがえの無い一部になっていた。だから、それはすなわち、最初から自分の取り組んでいることが正解かどうかなんて分からないのは当然なことであると認めながらも、それでもひたむきにそこに向かって突き進んでいくことを説いていたと思う。
光太郎にしたって、琉生にしたって、駒田蒸留所にしたって、未来なんて最初からは分からない。その中で今を一生懸命に模索していくことが、今を未来へ繋げることになっていくということだった。
そして、この「駒田蒸留所へようこそ」は、そんな「思いを束ねること」と「今と向き合い、未来へ繋ぐこと」を描き伝えていて、それが身に心に沁みるようだった。
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