「物語の読解、演出の解体、世界観の抽象化」
「夏へのトンネル、さよならの出口」─過去を振り切って、未来へ届けて─ 感想と考察
自己承認の行き違い。否定された自分を他人の承認で埋めようとするか、自己否定で誤魔化そうとするか。返らない過去で立ち止まるのか、傷つきながら未来へ進み続けるのか。そんなアイデンティティを探るような青春の恋の一遍。
失ったもの、欠けているもの
妹を失った少年・塔野カオルと、祖父を失った少女・花城あんず
二人からは"認められること"が欠けていた。
そんな二人の前にウラシマトンネル─欲しいモノが手に入るけるど、その中では外よりもずっと遅い時間が流れる場所─が現れた。
花城の最愛の祖父は漫画家だった。漫画が祖父との絆だったが、無名の漫画家で終わった祖父の跡を追うことを父母は許さなかった。売れないなら要らない存在。その断絶と否定が漫画で認められて、特別な生きた証を残したいという思いへと花城を一層駆り立てた。自己を否定された花城は誰かから認められたくて、そのための特別な才能をウラシマトンネルに欲した。
最愛の妹を失った塔野は自分のせいだと父から責め立てられ、自身でも自分のせいだという罪の意識を背負っていた。そして、彼は自分の全てを投げ打ってでもいいからとウラシマトンネルに妹を取り戻すことを願った。
そして、二人の共同戦線が結ばれた。
ズレる時間軸、ズレる視線
塔野の全てを投げ打つ覚悟は、花城の求める特別そのものだった。塔野の生きる世界を花城も見たかった。
だけど、塔野のその覚悟というのはただの自己否定だった。妹を取り戻せば、許されない自分という存在を消すことができる。塔野に染み付いた自己嫌悪というのは、特別な才能を手に入れて自分の生きた証を残したい花城のものとは正反対の望みだった。
そして、塔野だけがおもしろいと認めてくれた花城の漫画も、喜ばしいことに出版社にも認められて担当編集が付くことになった。しかし、花城を理解して、認めてくれる唯一の存在という塔野の姿が崩れ始める。花城はもう特別な才能を持っているんだよという塔野の言葉がこだまする。そんなの嬉しくない、ただ不安なだけ。重なったはずの二人だけの世界がズレ始める。
そんな時にやっと気付いた。花城が本当に欲しかったのは塔野自身。だけどもう遅かった。
二人で塔野の妹を取り戻しにウラシマトンネルに入ろう。そう約束した日よりも早く花城を置いて、塔野は行ってしまった。花城はもう特別な才能を持っていて、だから花城はトンネルに入っちゃいけない。塔野はそう言い残した。
じゃあ分かっていた気でいたのは私だけ?塔野となら私はこの世界を捨ててもいいって思えたのに……。たった数秒…数分…が、数ヶ月…数年…と二人の生きる時間をもう取り戻せない程に別つことで初めて、どうしようもないくらいに二人の見ている世界がズレていたことに気付いた。
収束する想い、取り戻したあなたといる理由
たった数分をトンネルの中で過ごすうちに、外の花城は高校を卒業し、漫画家になり、連載を始めて終えて…と自分の人生を進んでいた。そして、眼の前に映し出されるのは、あの日の幼い妹と大きくなった今の自分。たとえ妹を取り戻せても一緒に過ごすはずだった日々までは戻ってこない。取り戻せない過去に拘泥することに別れを告げて、失ってはいけない、一緒に生きなきゃいけない未来のために進まなくちゃいけない。一緒に生きることが二人の生きる理由。
そして、13年の時を超えて届いた想いがふたりぼっちの世界を満たした。
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