「物語の読解、演出の解体、世界観の抽象化」
「プリマドール」─機械の心にも宿る愛─ 感想と考察
まだ戦争の憎しみは燻り哀しみの涙の跡が残るものの平和で長閑な世界、人々は自律人形《オートマタ》と共に生きている。彼女たちは身体は機械だけど、人と同じように感情を持ち、時に喜んだり怒ったり哀しんだり楽しさをその心に感じながら暮らしている。
この物語で描かれる機械人形の日常や困難の道のりのいたるところに"愛"が介在しているように映る。彼女たちの心は機械仕掛けの回路に過ぎないけれど、そこに感じる温もりは決して熱動力機関の発熱ではなく、“愛"という感情が発するものだと思う。そして、彼女たち機械人形が見せてくれるこの『プリマドール』という物語というのも、“愛"についての御伽噺なんだと思う。
第3話:愛がくれた安楽
箒星の戦地での記憶。彼女の歌が与えたものは戦うための勇気ではなく、敗戦の運命と共に死に行くための勇気だったのではないか。そんな哀しみと無力感が箒星の喉を縛って声を出すことを許してくれなかった。だけど、今は亡き戦友たちの手紙が語ったのは、歌で彼らと共に痛みも苦しみも分かち合ってくれた箒星の優しさへの感謝と嬉しさだった。
箒星が罪悪感のようでもある思いに苛んでいたのは、戦場へ散っていった彼らへの"愛"あってこそのものだった。でも、その"愛"こそが最期の瞬間の彼らに穏やかさを与えてくれていた。そんな一度は裏切ってしまったのではと思い込んでいた戦友たちとの"愛”、それを遺された手紙から取り戻せたことで箒星の声もまた戻ってきたのかもしれない。
第4話:愛に突き動かされる意思
たとえその機体《からだ》が壊れても安易に交換じゃなくて修理をして欲しい。この機体は私のためにマスターが集めてきてくれたパーツでできているから。鴉羽の身体は大好きなマスターが自分にくれた"愛"でできている。そんな想いでできている鴉羽だからこそ、何よりも窮地のマスターを守りたい傍にいたいって衝動が彼女を突き動かす。そして、その想いが普段は意固地なくらいにマスターの命令に真面目な性分を超えていく姿に、なんて素敵な在り方だと思わず恍惚としてしまった。
第5話:愛が許してくれた生きる理由
戦争が終わったことで自律人形としての自分の役目はなくなって、自分の存在意義も見失って…。用済みとなったレーツェルは指令に従って自分を破壊しなければいけなかった。だけど、この論理機関の奥底からまだ生きていたい…誰かに必要とされたい…という思いがどうしても溢れてきてしまう。そんな風に自分自身を見失い迷っていたレーツェルを灰桜が見つけてくれて、一緒にいたいと言ってくれた。
その不敵な微笑みの下にある本心を覗かせることのなかったレーツェルの本当の思い。それは道具としてじゃなくて本当の意味で誰かに必要とされたい、まだ生きていいんだと言って欲しいという寂しさで凍えてしまいそうな思い。そんな切ない感情を灰桜の"愛"が温めて溶かしてくれた。
第7話:愛が残した温かさ
ひょんなことからある老夫婦の下で養子として暮らすことになった月下。そんな日々の中で初めて触れた"愛"の感触は温かくて嬉しかった。しかし、その老夫婦がスパイだったという事実を知り、一緒に過ごした日々は偽物だと気づいてしまった。裏切られた"愛"は孤独よりも寂しくて…。だけど、事の終わりに知ったのは、老夫婦からの"愛"の全部が偽りだったわけではなく、そこには本物もあったということ。だから月下はやっと掴めた"愛"を頼りに、まだこの世界は孤独ばかりじゃないということを信じていられる。
第11話:愛が失われた慟哭
機械は人に使役される存在だから、自らで正しい道を選べない、人に与えられた道にしか進めない。だから菊花は戦うしかない…。人間のエゴのままにしか生きることができない自律人形の運命の哀しさが胸に突き刺さる。
そして、そんな人間の"愛"のなさが、菊花の論理機関《きおく》を引き継ぐ灰神楽を憎しみに駆り立てて暴走させてしまう。そして、その怒りで回路が焼き付いてしまった灰神楽の「壊れたくない」という悲鳴が胸に突き刺さる、だってあれは人が死にたくないと叫ぶのと同じなんだもん。
第12話:愛は消えない想い出
たとえその身が滅びようとも自律人形と人との戦いを止めなくちゃいけない。それが灰桜が桜花から受け継いだ意思であり、灰桜にとっての役目だった。しかし、そのために論理機関を酷使してしまった結果、灰桜から記憶が失われてしまった。みんなとの記憶も思い出せない。それなのに黒猫亭のみんなと一緒にかつての思い出をなぞっていると、灰桜の目からは冷却水《なみだ》が溢れてきてしまう。それはきっと回路じゃない心に宿った"愛"がそうさせたんだと思う。
記憶から抜け落ちて忘れてしまった名前も知らない誰かだけど、一緒にいると不思議と幸せな気持ちになれる。過去の記憶や思い出に縛られずとも、ただ今そこにいるあなたとして一緒にいることに優しくて温かい繋がりを感じることができる。そんな時も場所を超えた普遍的なものとして人と人と、あるいは自律人形とを繋いでくれるものが"愛"なんだと灰桜たちは教えてくれた。
「わたしは皆さんのお役にたつ自律人形(オートマタ)です!」
灰ちゃんが1話と12話で印象的に話していた自律人形の役目。それは「宝物な一瞬、愛を届けること」なんだと思う。大好きな人と一緒にいて、楽しかったり嬉しかったり、時には悲しかったり。そういうその時々の刹那の感情というのは、長い長い記憶とかそういうものとは無関係に、ふっと咲いては消えていくことを繰り返していく。そうやって紡がれた"愛"が過去も未来もなく、ただ目の前にいるあなたとの間に繋がりを感じさせてくれるのだと思う。そんな恒久的だけど刹那的なものだからこそ、そのすべての一瞬一瞬に宿る愛を大切に抱き締めていたいという感情にさせられてしまう。そして、そんな感情と共に切なさと嬉しさの涙に心が満たされてしまうような物語でした。
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