「物語の読解、演出の解体、世界観の抽象化」
「かがみの孤城」─あなたが大人になった未来で待ってる─ 感想と考察
自分の心に閉じこもる
安西こころは不登校。そんな彼女の「行きたくないじゃなくて、行けない」を母親さえも理解してくれない。そんな全てに息が詰まるような感覚に自分の居場所なんかどこにもなくて孤独なように思えてしまう。そんな毎日だった。
しかしある日、突然光りだした部屋の鏡。そこに誘われると中には城が広がっていて、おおかみ様と名乗る仮面の少女と6人の子どもたちがいた。こころのことを6人は歓迎してくれて、今まで家で一人だったこころの表情も少しずつ綻んでいった。何よりも昼間からお城に出入りしてても「不登校」について触れてこない、そんな互いに必要以上に踏み込まない距離感。それは他人を信じられなくなった果てに、一人ぼっちに慣れてしまった彼らには心地よいものだった。
閉じた自分の世界から飛び出して
だけど、そんな絶妙な距離は壊れてしまう。6人のうちの1人、嬉野の爆発。互いに察してはいた「外れ者同士」であることの罵り合い。だけど、それは新しい一歩になった。互いに「外れ者同士」と自覚して、だからこそもう一人ぼっち同士でいることを止めるのだ。そうやって、互いの心に踏み込んで「外れ者同士」寄り添い合っていくきっかけとなった。
さらにそこに喜多嶋先生が寄り添ってくれた。「私が学校に行けないのは、私のせいじゃない」というこころの本当の気持ちをお母さんに伝えてくれて、この一人ぼっちの戦いの心細さを理解をしてくれた。だから、こころもこれは孤独の戦いじゃないんだって、理解ってくれる人がいるんだって初めて気づくことができて、勇気を持てた。
そうやって徐々に「今まで誰にも話せなかったけど、本当は話したかったこと、聞いてもらいたかったこと」─こころが不登校になったきっかけの事件、こころが誰も信じられなくなってしまった真田の強襲。それをお母さんやみんなに話せて、救われたような気持ちになれたことで、鬱屈とした今までの自分の心から解放されていった。
そして、一度話してしまえばみんなこころの味方をしてくれて、自分が一人じゃないことや自分以外がすべて敵ってわけじゃないことを確認できる。それに彼らの抱える心の闇と比べたら、自分のことなんてちっぽけかもしれないことにも気づく。一人閉じこもっていた部屋からぱっと視界が開けて、心の奥に押し込められていた勇気が光り出す。
「この街のどこかにみんないる、なんか元気出る」
一人ぼっち同士が繋がればもう一人じゃない。そんな風にお互いに弱いところを見せ合うことでお互いに助け合って、それぞれが新しい自分の進路へ一歩を踏み出しつつあった。
誰かに助けられることで勇気が湧いて、そして自分も助けたいたいからとまた勇気が湧く。たとえみんなで会おうって約束したはずの学校に誰もいなくて、やっぱり全てを裏切られたような気がしても、それぞれのところに喜多嶋先生が来てくれて「大丈夫だよ」ってみんなを繋いでくれる。
孤独に堕ちていく
だけど…、それでも助けられなかった存在がいた。アキのところには喜多嶋先生は来なかった。みんなと違って、アキの行った学校では保健の先生が冷たそうなため息をしていたのが痛切だった。そして、仲な良さそうだった祖母を亡くし、親族も信用できず。最後に残った彼氏も自分のもとから去ってしまった。もうアキには一人置いて行かれたままに縋れるものは何もなかった。信じられる人を一人また一人も失い、学校は留年となり、現実からじりじりと追い詰められるばかり。もう自分の居場所なんて、この世界のどこにもなかった。だから、もうこの世ではない場所に逃げ込んで、ただ身を潜めて怯えることしかできない…。
「今度は私が助ける番」
そんな彼女と対照的だったのがこころだった。再び転校していく萌と会って、本当はお互いに気にかけていたことを確認できた。そして、何よりも萌の心の強さと「何かされてる子がいたら、今度こそ助けてあげよう」って言葉に当てられて、こころにも一人で立ち向かう強い勇気があった。
今のこころならアキを助けてあげられる。時計の中の空間で自分の姿が映る幾重にも連なった鏡を破りながら駆け抜ける姿は、まさしく過去の孤独だった自分や他人を助けられなかった自分という壁を打ち崩していくようだった。一つ一つ自分自身を超えていく。それは成長で、大人になっていくことだった。
そして、誰にも救われずにこの世界から零れ落ちてしまったアキに「頑張って大人になれば助け合えるから生きなきゃ、アキが大人になったその先に私はいる」という願いの込もった手を差し伸べる。お城のみんなや喜多嶋先生に助けられた思いを今度はこころがアキに分け与える番。願いの鍵でアキの心を開けるのだ。
でも、今のこころにはアキを助けられる強さがあった。
「アキちゃんの14年後の未来で待ってるから会いに来てね」
そうやって異なる時間を生きる不登校生たちが集うこの城で出会い、そしてこころが助けたアキこそが、2006年の世界でフリースクールの先生として一番最初にこころのことを理解ってくれて味方になってくれた喜多島先生だった。そんな彼女が願ったのな「大丈夫、大人になってこころ」という思い。こころに貰った勇気を今度はアキがこころに分け与える番。
繋がる社会
やっぱり人生って色んなところで躓いてドロップアウトしてしまいそうになるもので、それは避けようがないのだと思う。だけど、その度に助けてくれる人やまた立ち上がって進み続ける勇気をくれる人がいるから、人生を進み続けられる。そんな風に「そうやって自分が大人になれたから、だからあなたも大丈夫だよ」というこころやアキの想いや願いみたいなものをこの物語から受け取った。それにこころとアキの助け合う想いが相補的であるように、「助けられたから、助けられる」という連綿と繋がる関係性こそが、この物語を見終えた時の感情の素なのだと感じる。誰か一人だけじゃなくてみんなが救われていくことに、この社会もまだ捨てたもんじゃないと安堵できるのだ。
「大人になる」ということの意味
アキがオオカミに食べられるというのは自殺を象徴しているように映った。不登校で居場所を失くした子どもたちが最後に行き着く場所にそれがある。そんな子どもたちに必要なのは広い世界だとこの物語は言いたいように感じる。そして、それを「大人になる」という言葉に表しているのだ。
あなたには普段過ごす家や学校という小さな世界がまるで世界のすべてのように見えていて、ほんの数人の敵も世界中の全ての人が敵なように見えているかもしれない。だけど本当の世界はずっと広くて、あなたのみたいに悩む子もその味方もいっぱいいる。あなたの悩みはすごい大きなものに見えているかもしれないけれど、別に世界の全てを覆いつくしてしまう程大きいなんてことはなくて、必ず乗り越えて行けるものなんだって教えてくれる。だから、「あなたはちゃんと大人になれるから、未来で待ってるよ」と言ってくれるのだ。
また、だからこそ城に集まる子どもたちは同じ場所に暮らしてはいるけれど、生きてる時間はバラバラなんだと思う。それにリオンの「亡くなった姉を取り戻したい」という願いを知って、こころが自分の「真田を消したい」という願いなんてちっぽけだと思い返した場面にも、まさにこの自分一人の世界を超えてみることの大切さを感じる。
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