「物語の読解、演出の解体、世界観の抽象化」

「心が叫びたがってるんだ。」─交わした言葉は、私を新たな世界へ連れて行く─ 感想と考察
口を閉ざした、心を閉ざした少女
お喋りな女の子・成瀬順はある日、父親が知らない女とラブホテルから出てくる光景をそうとは知らずに母親に喋ってしまう。そこから始まるのは、当然家族の崩壊。
そして、順は母親からも父親からも「もう喋るな」「お前のせいだ」と言われる。それはお口にチャックで、お喋りを封印されてしまう呪い。それはもう自分が不用意なことを言って、誰かを傷付けないように、自分が傷つかないようにという順自身の誓いでもあった。
零れる本音
それから数年、高校生になった成瀬は寡黙な女の子になってしまっていた。そして、そんなある日、地域ふれあい委員会の実行委員に無理やりに選ばれてしまう。
とはいえ、催しの候補に挙がったミュージカルに成瀬はほんの少し興味を示していた。だけど、クラスのみんなは地域とのふれあいの催し自体をイヤがるし、順をはじめ実行委員の人選にもケチを付けられる始末。挙句の果てに、母親からも自分の娘は喋らない子でみっともないと無惨にも言われてしまう。
そんな中で、同じ実行委員の坂上拓実だけは違った。成瀬の秘めたる思いに気づいてくれて、それを後押ししてくれる。そして、「ミュージカルの歌なら、成瀬の思いだって伝えられる!」と言ってくれた。
思いが交差し、変わり始める彼ら
それをきっかけに成瀬は少しずつ変わり始めた。自らの喋れなくなった体験を坂上に打ち明け、それを題材にミュージカルをやりたいと頼る。それは他ならぬ坂上に打ち明けたのは、いつも自分の言いたいことを見抜いてくれるのは彼だったから。
坂上も坂上で、どこか自分と似たように自らの思いを閉じ込めていた彼女が、その内なる思いを広げようと頑張る姿に感化され始める。それは成瀬の思いをみんなに伝えさせたいという心に変わっていった。
二人は互いに互いでなければいけない理由に引き寄せられ、相互作用の元に変化を見せていた。
何気ない一言が大きな渦へ
そして、坂上を筆頭に仁藤や田崎も、成瀬と共にクラスを巻き込んでミュージカル作りを進めていく。成瀬と坂上の関わりの中で生まれた変化が、次第に大きなものとなっていった。そして、それによって、実行委員の4人やクラスみんなの思いすら前向きに変えていったのだ。
言葉の大きな力
しかし、ミュージカル作りは土壇場でピンチを迎えてしまう。
成瀬が坂上と関わる中で大きく募らせてきた思いは、ミュージカルをやりたいだとか自分を変えようだとかいう心だけではなかった。相互作用の中で多く膨らんだ成瀬の恋心と、坂上の成瀬のことはただ応援したいという思いのすれ違い。
言葉は誰かや自分を傷付けるものだけではないと感じ始めていた成瀬にとって、再び言葉は刃として突き刺さっていた。
それが示すのは、やはり言葉や思いに始まる人同士のコミュニケーションという関わりの難しさ。何気なく発した言葉が、実は想定外に重いということを人はつい忘れてしまう。
言葉と本心で向き合うこと
だけど、それは悪いことだけではない。初めに坂上が成瀬にしたように、つい隠しがちで軽く見せたはずの本心を誰かが真剣に取り合ってくれて叶うものもある。
それを坂上はそれを知っていたから、それをまさに成瀬との関わりの中で教えられたから、坂上は成瀬にまた殻に閉じこもって欲しくなかったのだと思う。
そして、その表れが自分に傷付ける言葉をありったけ言ってくれという場面だったのだと思う。良くも悪くもの言葉に発露された思いは重いもので、それだけ大事であると。だから、坂上は成瀬にそれをまた心の中に閉じ込めないで欲しいし、そう気付かせてくれた二人の関わりを無しにしないで欲しかったのだと思う。
そうやって、さらに深く関わり合って、大きく変われた二人は無事にミュージカルをやり遂げる。
言葉、思い、関わり合い
「卵の中には何がある。色んな気持ちを閉じ込めて 閉じ込めきれなくなって爆発して、そして生まれたその世界は思ったより綺麗なんだ」
そんな最後の成瀬の台詞は、坂上の願いを受け取って言葉や思いを関わり合わせることを肯定できるようになったことを示していた。何気ない言葉の関わりが、自分を劇的に変える程の知らない世界に連れて行ってくれることもあるのだとこの物語は伝えていたのだと思う。
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