「物語の読解、演出の解体、世界観の抽象化」
「雨を告げる漂流団地」─朽ちかけの思い出に焦がれる─ 感想と考察
団地というのはまさに文字通り、みんなが一緒に寄り添い合って共にある場所。
だけど、いつかは時の流れの中で朽ちていく。
航佑と夏芽がかつて一緒に暮らした団地もまたそんな風に過去の遺物となって取り壊されることになっていた。そんな団地に満ちていた古い部屋独特の落ち着く空気が、捨てられない思い出を抱えた夏芽と前に進まなきゃいけないという航佑の間に嵐を巻き起こす風となっていった。
夏の終わりを思う
どこまでも広がる海に浮かんだ漂流団地は、自分の気持ちにどう整理をつけたらいいのか分からない子どもたちの思いのように、ただただ海と空の青い背景の中を漂っていた。
そんな時の流れすら忘れてしまうような漂流だけど、押し寄せる困難を中で航佑と夏芽にも徐々に変化が表れて、かつて二人が一緒に暮らしていた時のようなどうしようもなく離れられない絆が蘇りつつあった。
そして、時間も確実に流れていく。子どもたちを乗せた思い出の団地は徐々に崩れていく。思い出のようにその形を失っていく。夏芽にとって欠けていた家族との思い出を埋めてくれた安じいや航佑との思い出、それが詰まった団地。そんなの見捨てられない。離したくない過去に手を引かれて、夏芽は航佑たちと戻るべき今、進むべき未来から取り残されてしまう。幼い頃の思い出を呼び覚ます「蛍の光」の音色にどうしても抗えない。自分の居場所だったおうちに帰らないといけないの……。
夏芽の心には漂流団地でみんなに迷惑をかけた「私がいない方が……」という思いに穿たれてぽっかりと喪失感の穴が空いていた。だから、それを埋めてくれる団地の思い出を手放せない。だけど、もうそこには一人ぼっちで、孤独という不安が襲う。
だから、一緒にいたい。朽ちてく過去の思い出に別れを告げて、みんなと一緒の新しい未来へと帰らなきゃいけない。
思い出が想いへと
過去があるから、今があって、未来へ続く。在りし日の思い出があって、今も二人を繋ぎ止めてくれる。朽ちていった思い出も二人の絆をより途切れないように強くする肥やしとなっている。そして、刻々と過ぎる二人が一緒の今も、やがていつかの思い出となって、二人をより強く結んでいく。そんなもう戻らないあの日の思い出が増えるほど、二人一緒の今だけの瞬間が大切になっていく。
だから、過去とのお別れはずっとずっと二人一緒で大丈夫だよというシルシなのだ。思い出の数だけ、二人は強く強く結ばれる。
それはきっと夏の終わり、太陽に照らされた日々が去ってしまったことへの寂しさに、明日はもっと大切に過ごそうと思うことと同じなんだろうと思う。
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