「物語の読解、演出の解体、世界観の抽象化」
「MyGO!!!!!」─ポピパには救えない弱さを、迷子は拾ってくれた─ 感想と考察
バンドリの挑戦的な新シリーズ『It’s MyGO!!!!!』は、あまりにも衝撃的であり、今までのキラキラしたバンドリの世界はどこにもなかった。
だけど、荒んだ人間関係の中でもがきながら、「迷子でも進む」をスローガンになんとか一緒に繋がっていようとする迷子たちは、誰もが抱える弱さに余すとこなく寄り添ってくれた。戸山香澄のキラキラだけでは救えないものを、高松燈や千早愛音は救ってくれたのだと思う。
第1話「羽丘の不思議ちゃん」
一度壊れてしまった彼女たちの物語、そんな雰囲気の中で舞台の幕が上がっていた。
前の学校でのトラブルから、羽丘に転校してきた千早愛音。彼女は「やり直す」ことを決意に、人間関係も計算しながら渡り歩く。愛音はそんな下手なりにも、生きることの上手さを持っている姿を感じさせる子だった。
一方で、高松燈はかつて所属していたバンドが壊れて、その負い目を自分自身に抱えていた。そんな彼女が口にするのは、「またダメになるから…、もうやらない」という言葉。そんな燈だけど、かつてバンドのみんなで作った曲のノートを手元に残している姿には、押し込めた本音を汲み取ることができるようにも思えた。
そして、それに呼応するように、巡り合った愛音が燈をバンドへと誘う。そんな愛音は、「一度壊れても、またやり直せばいい」と燈に教えているように見えていた。
でもきっと、それは少し違うようにも思う。かつて燈とバンドメンバーを共にした椎名立希が割って入ったように、燈たちにとって、かつてのバンドはただバラバラに壊れてしまっただけではないように思う。それは、みんなの中の大事なピースが壊れてしまったというようなことで、愛音がただの気まぐれに埋められるようなものではないように思えた。
だから、ままならないままに壊れてしまった彼女たちは、元に戻るにせよ、新たな形で立ち上がるにせよ、ままならずに迷い続けているようだった。
第2話「もう誘わない」
長崎そよは燈を取り戻したい。だから、彼女は愛音のバンドの誘いに乗った。だけど、そこで愛音はそよに都合よく利用されているだけのようでもあって、愛音の「やり直し」の形は彼女の知らないところで少しずつ歪み始めているようにも見えていた。
一方で、燈はそよを誘ったという愛音の言葉を聞いて、「もう自分は…、いらない子…」とを自ら心に刻み込んでしまう。そして、立希もそよによってバンドに誘われるけど、自分はもちろん、燈も新しいバンドなんてやるわけない!と勝手に突っぱねる。でも、そんな燈の愛音からの誘いの受け取り方も、立希の勝手な燈の気持ちの解釈も、全部点で的外れ。みんな思いやりごっこに迷って、ままならなずにいた。
だからこそ、「本当はバンド、やりたいんじゃないの?」という愛音から燈への問いかけが印象的だった。心に直接に語りかけるような愛音の問いかけは、燈自身ですら気付かないようにしていた心の奥底に踏み込むと同時に、愛音の本当の燈と向き合おうという真の思いやりとして見えていた。そして、これこそが愛音が今あげられる、彼女たちの心に空いた隙間を埋められるピースなのかもしれないと感じた。
第3話「CRYCHIC」
かつて存在したバンド・CRYCHICのお話。それはどこか人とズレていて孤独だった燈の居場所になってくれたもので、当時祥子が言ってくれたように燈の心の叫びを受け止めてくれる場所のようにも映っていた。だから、燈にとってはCRYCHICの何もかもが、彼女のかけがえのない青春になっていた。
だけど、祥子の脱退をきっかけに全てが壊れてしまって…。結局、最後に残ったのは、楽しかった日々も含めてなんだか最初から全部が間違っていたような感覚だった。
第4話「一生だよ!?」
そうして、バラバラになってしまったCRYCHICだけど、それを再び引き合わせる中心に愛音が舞い降りたのだった。部外者の愛音だからこそ、元CRYCHIC間の張り詰めた緊張や容易に触れてはいけない領域もお構いなしにずけずけと突っ込んでいく。でも、それこそが今まで燈やそよや立希が言葉にできなかった本音を引き出すきっかけになっていたようにも見えていた。
そして、そんな風にして愛音が現れて、みんなのモヤモヤを良い意味でかき回したことで、そよがいよいよ言葉にした「またみんな一緒にバンドしよう!」という新しい一歩に繋がった。それはまるで再びみんなの心が通い合ったような光景だった。
だけど、その一方で、燈はこのバンドに心あらずといった気がしないでもなかった。だから、まだ決して一件落着とは言えない状況…、とはいえ、それでも取り戻せたものもちゃんとあったと言える一つの決着がここにあったことは確かであった。
第5話「逃げてない!」
しかし、急遽決まったライブ実戦について揉めるメンバーたち。燈は「バンドが終わっちゃうから、ライブしたくない…」と言い、立希は「燈の『生きてていいんだ』って教えてくれる歌を聞きたいから…、ライブしたい…」と言う。そよはそよで「みんなで一緒にいられるなら、ライブをしないスタジオバンドでも良いのかも…」と悟りめいたことを言い出すし、愛音は上達しないギターの披露を先延ばすためにライブはまだと言い出す始末。
そんな風にそれぞれの思いがあって、でもそれはみんなそれぞれに大事なことだから上手く言葉にもできない。そんな彼女たちは自分のエゴを主張して、この繫がりが壊れてしまうのが怖れているように見えていた。だけど、「伝えなきゃ何も伝わらないし、分かり合うこともできない」と彼女たちも心の何処かではちゃんと分かっているようにも見えていた。
そんな中で、一番あけっぴろげなようでいて、本音を隠していることすら隠していた愛音が本当の自分を打ち明けた。「私はずっと逃げ続けてきた弱いやつなんだ」と燈に告白する愛音の姿は、情けない自分を晒すことで、今度は諦めないという決意を表しているようだった。
そして、燈もちゃんと愛音の言葉を汲み取ってくれた。「愛音は迷っていても進んでる」という言葉は、今度は燈から愛音にあげる救いだった。「迷ってもいいし、私も一緒に迷いながら進みたい」という台詞に感じるのは、「できることとできないことの狭間で押しつぶされそうになりながらも、それでもがむしゃらに諦めずに生きていく」という弱者なりの強さを纏った生き方だった。
第6話「なんで今更」
ライブへ向けて、新曲作り!そして練習あるのみ!それをリードする立希だけど、自由気ままな楽奈やなかなか上達しない愛音に苛立って、上手くみんなをまとめられない。
そんな中で、思い出すのはCRYCHICの頃の祥子。立希は、祥子がいたからこそCRYCHICというバンドが成り立っていたという事実を思い出す。そして、そんな立希の回顧の中に浮かび上がるのは、今の自分はCRYCHICを解散させた彼女にすら及ばないということだったのだと思う。考えすぎかもしれないけれど、きっと立希にとってはそれは確かな事実であり、だからこそますます立希は自分に対しても苛立ちを募らせていた。
そんな体たらくのバンドは、もう表面をいくらつくろおうとしても中身はバラバラなことを隠しきれていなかった。立希もその事実を知っていて、でも目を背けたいから、逃げ出したんだと思う。しかし、そんな立希と対照的に、愛音と燈はもう「迷っていても進む」の決意の下に諦めないし、立希のことも追いかける。
だから、「ライブはもう明日、逃げらんない」という愛音の言葉は、立希にも進み続ける覚悟をおすそ分けしているように見えていた。
第7話「今日のライブが終わっても」
そして、ライブ本番。「今日のライブが終わっても、このバンド続けていこうね」とそよが燈に言ったように、このライブはこのバンドが一つになるための儀式になるはずだった。迷っていても進み続けようとする彼女たちが、みんなで同じ方向を向くための区切りとして、このライブが位置づけられるはずだった。
だけど、いざ本番の舞台で、緊張しきりの愛音はともかく、燈も恐れと不安で声が出ない。そんな最中に客席に現れたのが祥子。そして、燈がギャラリーの中に祥子を見つけた瞬間、自分を縛るものが全て霧散したように、彼女はいつもの声を取り戻すことができた。
そうやって成立したパフォーマンスは、このバンドを一つにするもの…、なんかであるはずがなかった。確かに見かけの上ではこのバンドは結束したように見えていたし、そよを除けばみんな自身もそう感じていたことに間違いはなかった。だけど、この結束はCRYCHICを壊して、燈やそよや立希を捨て去った祥子のために燈が歌うことで成り立っていた。だから、今歌う燈の心はこのバンドにはないようにしか見えなかった。
演奏し終えた後、立希の目には燈がキラキラと輝いて見えていたけれど、それもただ燈が祥子という光を反射した輝きでしかなかったように思う。だから、一部を除いて何も知らずにこのステージを大成功だと感激する彼女たちは、あまりにも悲劇にしか思えなくて仕方なかった。さらに、その上残酷なのは、この場で全てを引き裂いた燈が自分のしでかしたことを自覚せず、他のみんなと同じように「良いライブができたね…!!」と言いたげな表情を浮かべていたことだった。
だから、唯一全てを理解していたそよが「なんで春日影を歌ったの!?」と怒りを爆発させるのも当然だったと思う。何よりもそよはライブ前に「今日のライブが終わっても、このバンド続けていこうね」と燈と約束していたのに、その燈に素知らぬ顔で裏切られてしまったのだ。
そうして、このバンドが一つになるための初ライブが、むしろ決定的に彼女たちをバラバラにしてしまったという裏腹な結末は、心から非道で最悪だった。
第8話「どうして」
燈にとって、自分を眩しいところへ連れて行ってくれたのが祥子。だけど、そんな大切な彼女にとってCRYCHICの残滓は疎ましいものでしかなかった。dから、燈は春日影を歌うことで、かえって祥子を傷付けてしまっていた。
そして、そよにとっても、この光景はCRYCHICが二度目の死を迎える以外の何でもなかった。だから、そよは祥子のもとへ訪れて、謝って、またCRYCHICをやりたいと必死に懇願する。それもこれも自分の中の「大切」を守るため。
でも、祥子にとっては、心残りみたいなものはもう何も残っていないようだった。そよや燈の「大事」だったCRYCHICは、もう祥子にとっては捨てた過去、思い出したくもない思い出でしかないようだった。そして、「みんなが…」「みんなのため…」と訴えるそよのことを、祥子が「あなた、御自分のことばかりですのね」と裏返しのように言い放った場面は、二人の認識の差を残酷なまでに感じさせるものだった。
こうして、あの日のライブをきっかけに「今のバンド」を見ている愛音や楽奈たちと、未だに「CRYCHIC」を忘れられないそよと燈の差が決定的なものになってしまって…。そして、ライブ後の今回の一件で、そよと祥子の間の溝ももう絶対に埋められないものになってしまって…。結局、またしても全部がバラバラになるだけなったという感覚がだけが残ってしまっていた。
第9話「解散」
「CRYCHICはちょっとすれ違っちゃっただけ…またみんな集まりたいと思ってるはず…」なんて思っていたのは自分だけだったと、そよは突きつけられしまった。そして、そんな現実の前では、もう「もしかしたら、またCRYCHICで集まれるかも…」という淡い願望を持つだけ惨め。だから、もうそよにとって、CRYCHIC復活の足掛かりだった今のバンドは必然的に用済みだった。
そして、「このバンドへの想いは全部嘘だった」というそよの心を知って、愛音も「もうここに自分の居場所はない」と去ってしまった。だけど、ただでさえ新しい居場所を求めてこのバンドを立ち上げた愛音の内心を思うと、「愛音なんて要らなかった」というそよの言葉こそ嘘であって欲しいと思わずにはいられなくなってしまう。このバンドやそよの心の中に、少しでも愛音の居場所があったと言ってくれなければ、もうどこにも救いなんてないとしか思えなくなってしまう。
第10話「ずっと迷子」
「ちゃんと言えたら、ちゃんと話せたら…」という後悔に落ち込む燈の心を射したのは、「歌なら伝えられる気がする」という気付き。だから、燈は一人ライブで「この詩が届くその時まで、歌い続けるって決めたんだ」とポエトリーリーディングを叫ぶことにしたのだと思う。
すると、また楽奈や立希も集まってきて、二度目の新しい出発を踏み出せた。そして、「言葉にしなきゃ伝わんない」という覚悟のもとで「愛音ちゃんにギター弾いて欲しい」「一緒に迷子になろう」と、今度こそ燈は自分の心を自分の言葉で愛音に伝えることができたようだった。
そして、その「一緒に迷子になろう」というのは、「きっかけは何でもいいから、一緒にバンドさえできればそれだけでいい」という救いの言葉のように聞こえる言葉だった。そして、その言葉は、愛音に向けては「自分のきっかけはちやほやされたいからって不真面目なものだけど、それでも燈は自分を必要としてくれている」というように聞こえていた。そよにとっては「全部ぐちゃぐちゃに迷って私が心無いことを言ってしまっても、今を一緒にいてくれさえすれば、燈は私を許してくれる」というように聞こえていたのだと思う。
第11話「それでも」
最初のきっかけのところはみんなバラバラで最悪かもしれない。それでも一つのバンドとして、一つの方向へと再び踏み出せそうな五人になることができた。だから、新曲作り、衣装作り、バンド名のアイディア出しというのも、五人が一つになるきっかけのための儀式のように見えていた。
そして、「迷子」というこのバンドのタイトルも、一度衝突を経て、お互いに最悪な本音を言い合って、それでもまた同じ方向を向こうという彼女たちにぴったり。それに、そんなかみ合ってないことこそが、みんなの共通点としてかみ合ってるところに「迷子」らしさを感じるようでもあった。だから、そよが素の感情を隠さずに苛立つ姿なんかも、険悪な一面を隠さないことが徐々に分かり合えていることを証明しているといった「迷子」らしさを感じるようだった。
第12話「It’s my go!!!!!」
遂に、新生「迷子」の初ライブ。それは、「みんな迷ってぶつかって、でも今ここにいる」「だから、もう一生離さないから」という燈の叫びと誓いを改めて宣言するステージだった。
そんな中で思うのは、この仲が良いだけじゃない五人が居場所を求めて集まったバンドというのは、どんよりとした印象と反して、常に未来向きなのかもしれないということだった。ずっと未完成だからこそ、もがき続けなければいけなくて、前に進むしかない。燈がこの五人のことを「迷子でも、迷子だから進む」、だから『MyGO』と綴ったのも、そういうことなのかもしれないと気付かされるワンシーンだった。
第13話「信じられるのは我が身ひとつ」
「弱い私はもう死にました」と言い捨てる祥子の新たなバンドは『Ave Mujica』
「焦りや後悔はここに置いて、舞台に上がれば、頼れるものは我が身一つ」という言葉と素顔を隠すためのマスクは、祥子の心の影を表しているようだった。そして、今の『Ave Mujica』の祥子には、CRYCHICを捨てるに至った己の弱さを自分から切り離し、なかったことにしたがるかのような逃避的な姿を感じさせていた。
さらに、舞台の上で作り出した『Ave Mujica』は、彼女たちが「かりそめの命を宿した人形」と言い表すように、どこか脆さを感じさせるものでもあった。だけど、そんな脆さを感じる分ほどに、「もう弱い頃の自分はいない、これからは刺々しくより強い自分であろう」という祥子の決意も伝わってくるようだった。
だから、『Ave Mujica』の世界観とは、祥子の弱さを握り潰すための強気な心の暴発なのだと思う。そして、その世界観とは、まさしく家に帰って開口一番に「ただいま、クソ親父」と言い放ったような、一見してお嬢様な雰囲気の祥子にはまるで似合わない荒々しさをぐつぐつと煮えさせたもののように感じた。
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