「物語の読解、演出の解体、世界観の抽象化」
「秒速5センチメートル」をハッピーエンドに見る方法 感想と考察
初恋から覗く世界
初恋の記憶、それが「秒速5センチメートル」なんだと思う。
小さな手の届く範囲を世界の全てだと思っていた頃の初恋の記憶。それは巨大な世界、長く大きな人生の中で守り続けることは難しい。その想いを抱えた孤独な時の流れは怖くて苦しくて、ある時耐えきれなくなって、ふっと手放してしまう。そして、いつしかその苦しみもろとも初恋の記憶を忘れてしまうのだ。
「彼女を守る力が欲しい」と遠野が栃木からの帰りに願った。それはきっと孤独の恐怖に負けて彼女への想いを手放さないように守り続けるという己自身の強さが欲しいと意味していたのだと思う。
蘇る淡い記憶
ある日、昔の夢を見た。13歳の頃の彼と彼女の夢を。渡せなかった手紙、言えなかった好きという言葉。何時からか忘れていた、ずっと胸の奥でチクチクと消えないままだった想い。忘れていたそれを思い出してしまった、忘れていたあの人のことをずっと考えていた日々。
そんなかつて小さな世界の全てだと思っていた初恋の人。その人が昔のように今も振り向いたそこにいるんじゃないかと探してしまう。
踏み切りの向こう側に、きっとそこにいるような気がした彼女がいなかった時、なぜか遠野が笑顔だったのは忘れていたそんな初恋の淡い想いを思い出すことができたからなのかもしれない。彼女のことは取り戻せなかったけれど、彼女を想っていた気持ちは思い出せた。全てが桜色だった初恋の瞬間の気持ちをまた再生することができた。それだけでも良かったのかもしれない。
自分も初恋のことを思い出してみれば、自然とあんなこともあったなぁと口角がにわかに上がる。叶わなかったそれは決して哀しい記憶じゃなくて、こんな人生のまだ無垢で純粋だった頃をありありと思い出せてくれる幸せな記憶なのだろう。
ハッピーエンド
初めて見た時は茫然自失だった。そこに明里がいないという現実を受け入れたくなかった。運命を何もないという現実がただ空虚だった。
だけど、今回はそうじゃなかった。彼女のことは見失ったままだけど、彼女への想いや初恋に身を焼いた記憶は思い出すことができた。それだって大切なもののはず。
それに明里も遠野のことを探し続けていたことに気付いて、あぁ一方通行の片想いじゃなかったんだってほんの少し救われたような気になれた。
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